彼は誰時のブルース
と、宇野が呟いた。雨の音を遮った。
私は、その言葉に頭をあげられなかった。
宇野の声が雨みたいに重くのしかかる。あなたのために、電話を切ったんだ。雨の中、なぜか私を待つ、あなたのために。なのに。
「……向こうが、こっちの都合考えずに、話し続けたから」
「別に、俺に言い訳されてもね。無理矢理切らなくてもって、話」
「…今電話きた友人は、相手の都合とか考えずに行動、するところが、あって」
言葉に詰まる。そもそも、私はなにを言い訳しているんだ。流せばいい。どう思われようと、関係ないじゃないか。
言い淀む私に、「まぁ」と宇野が呟く。
「大方、俺と早く別れたいのは分かるけど」
実際、図星だった。何も言えなくなった。目線を逸らす。追い討ちをかけるように、宇野の低い声が頭に響く。
「田之倉って。口には出さないけど、頭の中で人のこと。相当、言ってるよな」
なに、を。
「うざい。消えろ。気持ち悪い、とか」
顔を上げた。宇野と目が合う。まっすぐ私を見下ろしていた。
「それ全部、伝わってる」
その言葉が、一気に顔を熱くさせた。唇を噛み締めた。
親の建前とか、この人が、どれだけ色々なもので私よりも上の人間か、とか。
あぁ、うんざりだ。
どうして私は、卑屈な思いを抱え続けなければならない。この人に一体…私の。
「…何が、分かるのよ」
声が震えた。語尾に力がこもる。前髪から覗く宇野の目が、少し見開いた。
「大抵のことは全部、親の言いなりのくせに」
「は?」
「団地の最上階だからって人のこと見下して。馬鹿にして!でもさ、あんたがなにか1つでも…自分で決めたこと、ないんでしょう!」
こんなに流暢に喋れるんだ、私、と思った。
段々と下唇を噛み締める宇野の顔が、自販機の光で照らされる。
そこで、どこか冷静な私が、もうやめろと警鐘を鳴らした。緩んだ手から、傘が落ちる。
我に返った。
途端に私は、とんでもないことをぶちまけてしまった、と後悔で足腰が震え、しゃがみ込んでしまった。
やらかした、私。
だから、嫌だったんだ。
宇野と少しでも関わったら話したら、私はこうして、ぶちまけてしまうって。
ずっと怖かったんだ。