彼は誰時のブルース
霧雨
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月曜日の朝、今日から1週間が始まる。
胸の中に、思わぬ傷口ができて、後悔とか屈辱とかいう感情が溢れ出しても、案外朝になると、かさぶたになって塞いでくれる。
だが、そのろくでもない感情の膿は、未だ癒えないままだった。
「つむぎ、もう出る時間でしょう」
母がテーブルに並んだ朝食を片付けようとする。まだ食べているでしょうが、とパロディみたいに言い返す気にもなれない。片付けられる前にスープの入ったコップを手に取った。
「なにグズグズしてんの、あんた本当どうしたの?昨日から」
「うん」
コップの中のコーンスープをスプーンでかき混ぜる。とっくに緩くなったスープを少しすする。今出たら、またあいつに遭遇してしまうかもしれない。
「濡れて帰ってきたと思ったら、夕飯食べないで寝ちゃって。不審者にでも追いかけられたんじゃないかって思うよ、普通は」
「だから、違うってば」
「じゃあ何よ」
「傘が…壊れて、雷怖くて濡れながら走っただけだよ」
両親は驚いて、何があったのかと色々問い詰めた。ろくに答えないまま、自分の部屋に戻って参考書の袋を投げるとそのまま布団にダイブした。
朝、起きると太腿に違和感を感じた。その違和感は、ズボンのポケットに入った缶だった。宇野のくれた、カフェオレだった。
思い出したくないのに、前日の失態が頭をよぎった。
悪口をぶちまけた。多分、しゃがみ込んだ私に、着ていたパーカーかなにかを掛けてくれたんだろう。びしょびしょの地面に落としたまま、逃げ帰った。傘を放り出して。お互い帰る家は同じ団地なのに。
無限ループだ。勘弁してほしい。学校に行きたくない。
「つむぎ!」
「分かったって。もう行くよ」
椅子から立ち上がる腰は重い。
同じ団地で同じ高校。いずれは顔を合わせることになるだろう。
その時、たとえすれ違うだけでも、どんな顔して会えばいいのか、分からない。