彼は誰時のブルース



「あんた、髪がはねてる」


 玄関の前で、櫛を持った母さんが私の髪を梳かそうと背伸びをした。高3にもなって恥ずかしい。慌てて櫛を母さんの手から取る。満遍なく髪を梳かした。


「ありがと、じゃ、行ってきます」

「学校で直しな。みっともないわよ」


 生返事をしながら、スクールバックを肩に背負ってドアを開けた。軽く小走りして階段を駆け下りる。階段を下りた先のエレベーター前で、だれか降りてくる気配がないか確認した。注意しながら、団地を出た。


 問題の自販機の前には、私の傘は落ちていなかった。今頃ゴミ収集場行きか。宇野、持って帰ったりしてないよな。あんだけ暴言吐いたんだから。持って帰ってくれたとしても、安いコンビニのビニール傘だ。持って帰ってくれたと仮定して、わざわざ取りに行くのも、滑稽だ。


 自販機を通り過ぎて、少し歩いて後ろを振り返る。同じ高校の制服は見当たらない。ほっとする反面、胸にざわつくものが変わらずあるのは否めなかった。


 頭を振って、平常心、と何度もつぶやきながら最寄りまで小走りした。








 廊下側の2番目の自分の席についた途端、予鈴が鳴った。

 1限目の科目を知りたくて、後ろの黒板に書かれた時間割を見ようと振り返った。丁度その時、後方の中央に座る貴美と目が合った。

 少し目を背けた貴美は、やがてぎこちなく笑う。その顔を見て、忘れていた事を思い出した。強引に貴美からの電話を切ってしまっていた。

 今まで、携帯すら見ていなかった。こっそりメッセージを確認すると、貴美から2、3件入っていた。


(申し訳ないな。さすがに性格きついと思われる)

 なんでこう、うまくいかないんだ。顔を覆った。


「ああもう…サイッアク」

「なに?模試?」


 ちょっと大きい私の独り言に、隣の席の相沢くんが反応する。私は手をひらひら振って、ちょっと困った顔をした。


「いやぁ、最近色々うまく、いかなくて」

「月曜から悲しいこと言うなよ」


 ごめん、とため息をつく。

 雨が降りそうなパッとしない天気のせいだろうか。担任の話をろくに聞かないまま、朝のホームルームをやり過ごした。


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