彼は誰時のブルース
「そのまま1年無視され続けるに、俺1000円かけてんだよ」
「…仮に1年経つ前に宇野が転校でも登校拒否でもしたら、賭けがご破算じゃない?」
欠伸をする。煙突の向こうに西日が消え、濃い青と褐色のグラデーションの空に煙突の影を作った。ありふれた風景。電線の真上はもう夜だった。
どうもはっきりしない空は好きじゃない。この会話もあまり楽しくなかった。部活で揉めていた時期だった。早く帰って部屋で休まりたかった。
「お前、宇野に話し掛けられても無視しろよ」
「私の場合、あの人に話し掛けられることないし。私から話し掛ける用事もない」
「ま、あいつ可愛い女子としか話さないもんな」
「……そーね、よかった、こんな顔で」
「冗談!別にお前のこと悪く言ったつもりないから!つむぎの母ちゃんには内緒な!」
「泣いて訴えるよ」
冗談だと思った。
宇野は虐められるようなタイプじゃなかった。むしろ優等生で通っていた。学校の中心人物じゃないけど、皆気立てのいい彼を知っていた。
彼が。この会話を聞いていると、知るまでは。
「あ、切れてる」
ポケットをまさぐった蓮は、ぽつりとそう言った。そして、いつになく楽しそうに鼻歌を歌い出した。
「なに、どうしたの急に」
「切れたんだよ、携帯」
「充電?」
「違う、通話」
「は、今?」
「今」
「……誰と?」
「宇野と」
聞いたときは理解できなかった。
というか、意味がわからなかった。
今って。私と会話していたじゃない。
「…どういうこと」
足を止めた。今の会話を宇野泰斗本人が聞いていたなんて、冗談以外に考えたくなかった。