彼は誰時のブルース



「うちの親、なんて言って頼んだの」

 顔を伏せながら切り出す。

「ごく普通に、頭下げてた」

「団地の近くで、母に出くわしたんですか?」

「…うん」

「図々しい、あの人に限って…」


 ため息をつく。ここにいない母に辟易しつつもう一度、「ありがとうございました」とお礼を言って続けた。「うちの母が、迷惑かけました、ごめんなさい」

 深く頭を下げる。顔を上げた時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。目が合う。宇野は所謂、呆れ顔をしていた。


「それだけ?」

「……」

「教室の近くじゃできない話、するのかと思った」


 思わず唇を噛んだ。暴言吐いて逃げ帰ったこと。言い訳も出来ない。今更だ。

 長い沈黙の後、「この前は……ごめんなさい」としか言えなかった。


「だから、謝らなくていいって」

 そう呟いて宇野も口を閉じた。頭を掻く。お互いに何も言わなくなった。もしかしたら、宇野だって触れたくないのかもしれない。きっとそうだ。

 本当は、早く教室に戻りたいのかもしれない。私が引っ張ってきた手前、戻るタイミングを失ったのかもしれない。もう授業は始まっている。ここに留まる必要なんてないのに。宇野が動かないから、私も帰れない。




 宇野が、口を開いた。


「怒ってないから。

この前の、田之倉の言動について」



 知らぬ間に、体に力が入っていたらしい。思わず肩の力が抜けた。


 これだから私は、卑怯だ。

 あぁ嫌だ。

 こめかみを抑える。

 どうして。今までずっと。お互いの存在なんか、見ないふりをしていたのに。


「この前は………ただ話したかっただけなんだ。ただの、好意だった」





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