彼は誰時のブルース
数日後、母は奥様会から帰ってくると、テレビを見ていた私に駆け寄り、両肩をぐっと掴んだ。
「つむぎ!子ども会でなにしたの!?」
すごい形相だ。目が血走っている。私はなんで怒られないといけないのか検討もつかなかった。
「なにもしてないよ!」
「宇野さんのお母さんの手を叩いたんだって?お菓子まずいって言ったの!?」
頭をガーンと殴られた気がした。立ち上る頭の血が、顔を赤くする。
「言ってない…言ってないよ!手を叩かれたのは私だよ、ママ!コップ取ろうとしたら手払われて、そのコップ自分の子どもに渡したのよ!私だけ、私だけジュースなかった!」
「……え?」
肩に置いた手が緩む。泣きながら私はまた叫んだ。
「ママのお菓子出すタイミングなくて、奥様いなくなった時にお皿に出した!みんなおいしいって食べてくれた!奥様は、自分の作ったお菓子出さなかった…なんでだかは知らないよ!だからまずいなんて、言うはずない!
…信じてよ!!」
嗚咽が止まらない。怒りがこみ上げた。誰に怒っているのか、見失うくらい。
「そうよ…そうよママ!あの人、ママのお菓子が上手で、自分の作ったお菓子が下手だったから出さなかったのよ!きっとそれでママにいじわ」
私の口は母に覆われて、それ以上喋ることを禁じられた。泣きながら母さんを見ると、母はなんとも言えない、苦しい表情をしていた。
「…ごめん、ごめんね、つむぎ」
ぽん、と私の肩を叩くと母は、悲しそうに笑った。
「いい?つむぎ。このことは、誰にも言っちゃダメ。それから、今度宇野さんのお母さんに会ったら謝ってちょうだい」
「なんでよ…私っ…なにもしてない」
「分かってる。でも、お願い。つむぎ」
母の手は、震えていた。
「全部、ママが悪いの」
どうしてか、私はやり場のない怒りを胸の中にしまわなければいけないと感じた。
物分りがいいわけじゃない。
ただもう。
母が、可哀想だと思っただけ。
頷いた私の涙で濡れた顔をティッシュで母は拭いてくれた。
私は母の顔を見ながら。
自分は、そんな理不尽を、この先一生抱えていくなんて、まっぴらだ、と思った。