彼は誰時のブルース
違和感を覚える。奥様、家にいないんだろうか。
「あいつ友達居ないじゃん」
「…いやそんな」
「嫌われちゃうだろうな、泰斗って無口だからさ。俺と違って」
宇野兄が弟よりも陽気で明るいイメージなのは否めない。でもそれだけで疎まれる理由にはならない。彼を疎っていた連中は、ただ僻んでいるだけに過ぎない。私を含めて。
「くそ。弱ったな」
「…夏休み入る前も、見てないです。クラスも離れているので。なかなか見かける機会もないもので」
「え、同じ高校なの?」
知らなかったのか。高校が同じと知っているから呼び止めたと思ったのに。すると彼は気まずそうに苦笑いをしだした。
「やっぱ幼なじみだからって、弟とは仲良くないか」
「…はい」
「まじか、あいつ可哀想」
「え、あ、…私とは…というだけです」
たじろいだ私に、ハハ、と宇野の兄は笑った。
「色々ありがとう、ごめんね呼び止めて」
「いえ、じゃあ、失礼します」
申し訳なさそうに手を合わせる宇野兄に、こっちが申し訳ない気分になる。
何度もお辞儀をしながら、背を向ける。が、直ぐに呼び止められた。
「あ、田之倉ちゃん」
「はい?」
お辞儀をして背を向けようとした時、宇野兄が思い出したように声を上げた。
「ごめん。差し支えなければ、連絡先、交換してもらえないかな?もしでいいんだけど、もし泰斗を見かけたらさ。教えてほしい」
まあいいか。怪しい人でないことは知っているし。なにより、焦燥感が滲み出る彼が変なことを考えているようには思えなかった。ケータイをかばんから取り出した。
「俺、今北海道に住んでいるんだ。だから滅多に来れなくて」
「お仕事ですか?」
「そう」
あれ、スマホじゃないの、と驚かれる。今どきじゃないのは重々承知だ。
教えたアドレスにメールが届く。何気なく見て、はて、と首を傾げた。名字が宇野じゃない。メールの末尾には『須賀英治』とある。
「あ、結婚してさ。名字変わったのよ」
結婚されていたのか。うわーと首をさすった。こんな時、気のきいた言葉なんて全然思いつかない。
「お、おめでとうございます」
「ハハ、ありがとう」