彼は誰時のブルース
北海道は、死んだおばあちゃんの家とは真反対だ。因みに母の実家は北関東だから、東京よりは北だろうけど全然近い。私の第一志望校は関東外だが、北もいいな。次の模試次第で、そっちの大学も探してみようかな。
「田之倉ちゃん」
「はい」と顔を上げると、宇野兄は神妙な顔で私を見下ろしていた。
「本当に、よろしくお願いします」
私は、困ったような笑みを浮かべるしかない。そんな、なんで藁に縋るような目で私に頼むんだろう。
「陰気だし、何考えてるか俺でも分かんない時あるけど、彼奴は悪い奴じゃないから」
ハハ、兄が笑う。苦笑いを返して、携帯をカバンにしまった。
「気をつけて帰ってね。泰斗見かけたら、もし良ければ連絡してほしいです。ごめんね、じゃあね」
車に乗り込んだ宇野兄は、私の前を通り過ぎる時、窓を開けて私に手を振った。路地を曲がって行ってしまった。
ゆっくり歩き出す。イヤフォンを再びつけながら、団地をゆっくりと見上げた。
最上階、見上げるといつも気分が重たくなった。そのうち、見上げることもしなくなった。
後ろめたくて、歯痒くて。
言語化するのも億劫なくらい、複雑だ。
1学期、その後一度だけ、宇野を見た。高校の1階の渡り廊下で鉢合わせた。私は1人で、宇野は何人かの友人と歩いていた。
すれ違う時、目があった。先に逸らしたのは宇野の方だった。
廊下の突き当たりで振り返った。宇野は振り向くはずもなかった。猫背の背中が、曲がり角で消えるまで見ていた。
奥さまは、少なくとも今日家にいないらしい。あまり彼女の噂は耳に入ってこないけど。
私の母みたいに逃げ癖があるとか、そんな噂。
あの後、母は夏休み前に戻ってきたけど、以来母とはまともに口を聞いていない。
頭を振った。
頭をわしゃわしゃかきながら、エントランスに入った。