彼は誰時のブルース


 泰斗とは、血が半分つながっていない。俺の母は、病気で俺が物心つかない頃に亡くなった。

 今の母は、義母だ。小学校に上がる前、父親が再婚した。家に来た日も覚えている。綺麗な人だと思った。優しそうだと思った。

 事実、優しく接してくれる。俺にも愛情はある、と思う。ただ、泰斗への溺愛ぶりは別格だ。今だから分かるが、結婚してすぐ子どもに恵まれず、大変な焦りを感じていたんだろう。

 俺が小学4年の時だ。妊娠したと分かり、その日は一日中号泣していた。


 分かりやすく、反抗期を全うした俺なんかに比べて、あの母親の愛情を無下にしないのは、泰斗の優しさか。


「かあさん、心配性だしな。虐められてるなんて言ったら、裁判でも起こすんじゃないかっていう、狂気はあるけど。なんて言ったら怒られるか、ハハ」


「兄貴は……だな」


 泰斗が呟いた時、近くをトラックが通った。聞こえなくて、「え?」と聞き返す。


 俺を見つめ返した泰斗は、どこか自嘲めいて笑った。


「結婚相手、連れてこないわけ?」


 俺の話を無視して聞く。俺なんか、当てにならないと、言われたような気がした。

 俺は、何も言えなくなった。


「…連れてくるよ。まずはちゃんと両親に承諾とってからと思って来たんだよ」


 蚊帳の外。俺の実家なのに。感じた疎外感は、実は前から持っていたような気がする。

 親父は仕事で全然帰らない。母は俺のことを英治くんと呼ぶが、実の息子には呼び捨てだ。人ん家より、少し複雑だ。そういう家庭環境に反抗していた時期も終わり、大学進学を機に家を出た。大学が楽しくて、家に寄り付かなくなった。

 だから俺は頼りにならないか。

 嫌なこと、あったに違いないが。俺に言えないんならそれでもいい。

 お前がどうにもならなくなった時、俺もいるって思い出してくれればそれでいい。

 仲は悪くない。でも馴れ合うほどじゃない。兄弟なんて、そんなもんだろう。





 もしかして。頼りにならない、以上に泰斗は、俺になにか、わだかまりを感じていたのだろうか。


 中学時代のことなんか触れられたくなかったのか。悪いことをした。と勝手に解釈した。でも本当はもっと。違うことを思ったのかもしれない。

 泰斗、お前。俺に失望したのか。

 あの時、「兄貴は…」の続きを聞き返せばよかった。

 能天気?馬鹿?…無能?


「あ」


 俺が乗る車の近くを、高校生くらいの女の子が歩いていた。同じ団地に住む…確か名前は、田之倉ちゃんだ。

 時々うちに遊びにきていた子だ。確か、泰斗と同い年だった。藁にもすがる思いだ。時々は団地ですれ違っているかもしれないし。ダメ元で、聞いてみよう。


 車から降りて、訝しげに俺を見る彼女に「ごめんね突然」と手を合わせる。

「君、田之倉ちゃんでしょ」


 黒目が大きい彼女は、少し怯えたように俺を見る。安心させるように、笑顔を作る。

「僕、宇野英治。宇野泰斗の兄です」

ーーー…










< 49 / 49 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:3

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop