人魚姫
放課後、美姫が憂姫に声を掛けた。
何を聞きたいのかぐらい分かってる。
「ねぇ、お姉ちゃん。稚秋知らない?」
「さぁ?見てないけど」
そっか。
しゅんとした美姫を横目で見て胸が痛んだ。
「美姫は……」
稚秋と付き合っているの?
喉の奥まで出てるのに、その先が詰まったまま。
「いいね。可愛くて」
僻みだ。
こんなのただの嫉妬じゃないか。
だって、頷かれるのが怖かったの。
美姫は困った顔を浮かべていた。
傷ついたこともない癖に。
生まれた時から、人一倍愛されてきたくせに。
「どういう意味?」
「返してよ」
美姫が表情を一瞬強張らせたのがわかる。
──ゴポッ……。
また息が出来ない。
アタシはきっと、この世界の人間じゃないんだ。
だって、こんなにも心が醜い。
「返してよ。稚秋」
消えてなくなってしまう前に。
泡になってしまう前に、せめて……。
振り向いて欲しい。
呆然と立ち尽くしたままの美姫を置いて、憂姫は駆け出した。
片手には傍にあったカッターナイフを握り締めて。
息が切れる。
タイムリミットはきっともうすぐそこまで近づいてる。
だってこんなにも苦しいもの。
屋上へと続く階段を必死で駆け上がった。
大きな音を立てて屋上の扉を開くと、少し離れたところに稚秋はいた。
稚秋がいつも放課後ここで時間をつぶしていることを憂姫は知っていた。
自分の家が嫌いな稚秋。自分の妹と両親が憎い憂姫。
自分達はずっと似てると思っていた。
だから、惹かれたのかもしれない。
キリキリとカッターの刃を出して、寝ている稚秋の傍へ歩み寄る。
ねぇ、憎んで。
憎んで、恨んで、その憎さでアタシを覚えていて。
消えてなくなる前に、その瞳にアタシを焼き付けて。
──好き過ぎて、殺してしまいたい。