恋風吹く春、朔月に眠る君


「あら、やっぱり見えてるんですね。声も聞こえているとは、驚きました」


言っていることとは裏腹に、然程驚いてない様子で彼女は笑った。一体、私の目の前で何が起きているんだろう。だって、あれは私の見間違いだったはずじゃ......。


「見間違いじゃありませんよ。しっかり目が合いました」


私の心の中を読み取ったように答えた彼女は『――それより』と言って言葉を続けた。


「貴女のお友達についてですよ。折角教えてあげているのですから、質問で返すような無粋な真似はよくないです」


不機嫌そうに口を尖らせる。私のお友達って誰のことを言っているんだ。


「音楽室にいるでしょう。貴女のお友達が」

「......音楽室って、朔良が学校に来ているの?」

「嗚呼、そうそう、そんな名前でしたわ。一昨日から毎日来ていますよ」


一昨日は朔良が用もないのに学校に来た日だ。気分で来ただけだろうと思ってたけど、毎日って流石におかしい。春休みに朔良が学校へ来る用事なんてないはずなのに。


「あの方、ずっと心此処に在らずといった感じでピアノを弾いているんですよ。あんなのピアノに失礼ですわ。

一瞬聞こえた豊かで柔らかなピアノは、貴女が理由だったようなので声を掛けたのですが、その様子であれば理由は知らないのですね」


朔良が心ここに在らずでピアノを弾いているなんて珍しい。普段はぼーっとしてるような人だけど、ピアノを一人で弾いている時に集中出来ていないなんてことはまずあり得ない。

集中できないほどの何かがあるってこと.......?


『家のピアノは機嫌が悪かったんだよ』


まさか.......。


「どうやら思い当たる節があるようですね」

「え、えと、うん......」

「では、あとは貴女がなんとかしてくださいね。ピアノに真摯な音が聞けることを祈っています」


言いたいことは全て言い終えたと言わんばかりに彼女は走っていく。



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