恋風吹く春、朔月に眠る君
「あの時、楓は話してくれなくなったけど、朔良はよく話しかけに来てくれるようになった。今考えれば、それで司が疲れたんだろうなって思うんだけど、私は話してくれるの嬉しかったんだ。楓が話してくれなくなって寂しかったから。
でも、いろいろあって、朔良のことが好きだと気付いたら、もしかしたら朔良は私のこと何も見てないのかなって思って、もっと寂しくなった。やっぱり、楓のことが好きなんだって痛感する毎日だった。だって、服装は違えど、楓と私の見た目ってそっくりなんだもん。私を通して楓を見てるんだろうなって思ってた」
自分の容姿がそれなりに良い方であることは流石に分かる。でも、楓とそっくりなこの容姿が私はあんまり好きじゃない。寧ろ、コンプレックスだった。
それらを言葉にすると、どれほど私が楓に対して劣等感を持っていたかを知った気がした。本当に、こんなこと思うなんて嫌なやつだなあ。
「一番嫌だった。一番怖かった。朔良に私より楓がいいって言われること」
どんなに頑張っても勝てないと思うから。楓なら良かったのにって言われた時の絶望は何にも代えられなかった。大嫌いなんて思ったことなかったのに、私自身がその存在を否定するほど。
「もうずっと植え付けられた価値観を今すぐ改めるなんてできないよ。でも、自分をそうやって貶めるのはやめた方がいい。大丈夫、朔良くんはちゃんと双葉を大事にしてる。双葉のこと、特別に想ってるよ」
大丈夫だよって何度も言うみたいに杏子は私の頭を撫でてくれた。
「そうだよね。今までだって朔良は私に対して酷いこと言ったりしたことないもん。裏ばっかり読んでたら駄目だよね」
「うん、双葉は何より自分自身に勝たないとね。朔良くんに仲直りするときに、好きだと言って、今までのこと全部清算した方がいいよ。じゃないと、また双葉が耐えられなくなってしまう」
告白する、なんて考えたことなかった。消そう消そうと思ってた想いだったから。でも、杏子の言う通り。また拗れたりしないように、ちゃんと言わなきゃいけない。朔良の傍にいたいのなら。
この前弾いてた聞いたことない音色のピアノを思い出すだけで、その相手に勝てる気がしないけど。嗚呼、そうだ。朔良にはきっと好きな人がいる。きっと、楓のことだと思うとやっぱり無理な気がしてくる。って、こんな弱気じゃだめだよね。
「2人とも互いを知っている気でいただけかもしれない。聞いてみたら驚くような答えが待っているかもしれない。喧嘩したのはそういう意味では良い機会だし、話し合っておいで」
「が、がんばる」
「うん、話し合う機会を作るのは私も手伝うよ」