恋風吹く春、朔月に眠る君
力強い言葉に涙が出そうになる。私ってすごく恵まれてる。それを今更知るなんてね。自分の視野の狭さを今日、思い知った。もっともっと、大事にしないといけないことはこんなにも近くにあったんだね。
「ありがとう」
「どう致しまして」
にっこり笑い合うと、春の温かい風が吹いた。話がひと段落した矢先、『それとさ』と杏子が続けた。
「この流れでもう司くんに悪いとか言わないと思うんだけどさ。双葉は司くんが言ったこと、自分の所為だと思うかもしれないけど、もうこれ以上責めなくていいと思う。司くんはそれを望んでないし、別れる時にどっちか一方が悪いとかないんだよ」
杏子が視線を落とし、また反対側の土手に植えられた桜の方を見る。風に吹かれてひらひらと落ちる花弁に物悲しさを覚える。小さな川に花弁が落ちて、たくさん浮いていた。あの花弁は何処へ行くんだろう。
「司くんも本当に欲しかったなら、自分から手放しちゃだめだったんだよ。双葉はちゃんと自分で決めて司くんと付き合った。双葉が選んだんだ。不誠実なこと、何もしてないよ。
でも、司くんも好きだったから、耐えられなかったんだよ。いつか、離れていくんじゃないかって。司くんは優しいから。双葉もつい甘えて楓ちゃんや朔良くんのことを優先して優しさに感けちゃったんだ。だから、司くんが言ったこと、許してあげてね」
杏子の言葉がすーっと心に落ちて沁み込んでいく。私が選んだんだって、その暖かい声色と共に心臓を揺さぶられる。そして、私と司をどっちも思いやるような優しい言葉が、私を甘やかしてるわじゃないこと、だからと言って責めてるわけじゃないことを教えてくれる。あくまで中立に、想いを汲み取ってくれるその優しさは眩しい程に暖かい。
「許すも何も、司は何も悪いことしてないよ」
視線を戻した杏子がふわりと笑って『そっか』と言った。
「おねーちゃんっ! なかなおりできたー!?」
拙く幼い声が後ろから飛んでくる。驚いて振り返ると、杏子の妹、夏凛(カリン)ちゃんが既に杏子に抱き着いていた。
「夏凛? いつからいたの?」
「うーん? さっきー?」
「何してんだよ、夏凛! 邪魔したらだめだって言っただろ!」
「棗(ナツメ)、あんまり大きな声で怒ったらだめだよ」
後から追いかけてきたもう一人の弟、棗君はとてもご立腹な様子だった。窘めた物静かな男の子は司をちっちゃくしたみたいな顔をしていた。司の弟だろうか。その後ろには司がいて、申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせて謝っていた。