恋風吹く春、朔月に眠る君


「さあね、私だって知らないよ」


私がまともに答える気がないと思ったのか、朔良は困ったように笑った。別に答える気がないわけじゃないんだけど。

幽霊に教えて貰っただなんて、信じて貰えるわけないし、言うだけ無駄な気がする。


「それで何の用かな」

「音楽室のピアノは機嫌良かった?」


今度は驚いたように目を見開いて、それを掻き消すように、ただ静かに、唇に弧を描いただけだった。それが、答えだった。


『家のピアノは機嫌が悪かったんだよ』


あれはピアノ自体が悪かったわけじゃない。単に朔良の機嫌が悪くて、そういう音しか出なかっただけなんだと思う。

それを誤魔化す為に、そう言ったんだろう。でも、それだけなら学校の音楽室まで来て、ピアノを弾いていないはず。コンクールのような切羽詰まった状況じゃないはずなのに、わざわざ学校まで来てピアノを弾いているのは、気を紛らわせたいんだ。

苛立ちを沈ませて、冷静になる為に、その為に上の空のまま弾いていた。そう思った理由はもしかしたら些細な理由かもしれない。でも、なんとなくだけど、殆ど確信的に、私はその理由を知っている。


「お父さん、帰ってきてるんだね」


朔良の眉がぴくりと動く。沈黙とは時として、語るより雄弁だ。それは私の予想が正解だと言うようなものだった。


 ――いつからだっただろう、朔良が私の家に入り浸るようになったのは。多分、小学校に入ってからだったと思う。

その理由を知った日、私が一つ大きな決心をしたこと、君は知らないでしょ。


< 12 / 157 >

この作品をシェア

pagetop