恋風吹く春、朔月に眠る君
「あれ、さくらまた来たの?」
空が明るく茜色に染まる頃、チャイムが鳴ってお母さんが玄関の方に行ったと思ったら、朔良が来ていた。
「うん......」
気まずそうに、目を逸らして言い淀む朔良に首を傾げる。
「朔良くん、今日は家に泊まるから夕飯まで遊んでいていいわよ」
お母さんが朔良の背を少しだけ押して、にっこりと笑う。
「えっ、今日もおとまりいいの!?」
最近朔良はよく私の家に泊まる。何故だか分からないけど、小学校に入ってからぐっとそういう日が増えた。でも、別に不満はない。寧ろ、私は嬉しくてはしゃいでいた。
「うん、だから一緒に遊んで夕飯待っててね」
「はーい! さくら、いこっ」
私は朔良の手を掴んで自分の部屋へと走り出す。当然、手を引っ張られる形になった朔良は躓きそうになりながら『ま、まってよー』と情けない声を出していた。
リビングの扉を豪快に開けて、廊下に出る。玄関のあたりにある階段をリズミカルにとんとんとんと音を立てながら上ってすぐ、右の扉を開け放った。
「とーちゃくっ」
「もうっ、とーちゃくっ、じゃないよ。ぼく、つかれた」
溜息を吐く朔良は近くのベッドにごろんと転がる。私はそんな朔良に立ちはだかるようにして仁王立ちした。
「さくらはよわっちいなあ。だからかけっこもビリなんだよ」
「走るなんてそんなしんどいことわざわざする意味が分かんないよ」
「そういうのを負け惜しみって言うんだよ」
「別に、ぼく、ふたばみたいに頭わるくないし、運動以外はふたばよりできることの方が多いよ」
「うぐっ」
痛い所ついてくるやつ。確かに朔良は私より頭も良いし、優等生だし、ピアノも出来るし、絵も描けるけどさ。別に頭は平凡なだけで悪いわけじゃないのに、ほんとにむかつく。
「それよりかえでは? まだ帰ってないの?」
「ああ、うん。今日はピアノ」
「かえでみたいに少しは女の子らしいことでもしたら?」
「うるさい!! ピアノは楽譜がおたまじゃくしにしか見えないの!!」