恋風吹く春、朔月に眠る君


必死の思いで学校の門に辿り着く。大きな門を前にどうやってよじ登ろうかと考えていた時だった。突然、重くて重くて仕方なかった身体が軽くなったと思えば、私たちは宙に浮いていた。


「えっ、なにこれ、どういうこと?」


信じられない現象に、とうとう私の感覚がおかしくなったのかと思う。朔良も驚いたように言葉を失っていた。その間に私たちは高く宙を舞って、門の中へと連れられる。


「そうか。呼んでるんだ。多分、桜の木が」

「あの中庭の一番奥の桜の木が?」

「うん、中に入る手伝いをしてくれたんだと思う」


もうこの不思議現象を飲み込み、受け入れ始めてるのか、適応が早い。私はと言うと、いっぱいいっぱいで『そっか』と頷くことしかできなかった。

中庭に連れていかれるのかと思ったのに、私たちは校舎の壁を通り抜けて、中庭からも見える朔良がよく使う音楽室にやって来てしまった。明かりどころか、新月で月の光もない音楽室は真っ暗で何も見えない。此処に木花がいるんだろうか。

夜の音楽室は流石に怖い。朔良の後ろに隠れて腕に捕まっていると、窓の向こうに見えるいつも一緒に話している桜の木が青白い光を帯びて輝いた。窓の扉が勝手に開く。そこから入ってきた青白い光が部屋の中で弾けた。一気に部屋の中が照らされ、奥のピアノの前に立つ木花を見つける。


「なんで、双葉さんが......」


木花は私たちがここにいることをとても驚いているようだった。やっぱり、あの夢でお願いしていたのは木花じゃない。部屋の中央で青白い光の玉のようなものが輝く。


「こんな時間にこんなところへ呼んでしまってごめんなさい。私はお察しの通り、あの中庭の一番奥にある桜の木よ」


光の玉は夢の中と同じ声で名乗った。人の形をしているわけではないから分からないけど、声からは必死さを感じた。


「サクラ? やはり彼女が夢を見ていた理由は、貴方なのね」

「ごめんなさい、サクヤ。あまりに無欲な貴女を放っておけなくなってしまった」


木花はこの桜の木にサクヤと呼ばれているらしい。予想はしていたらしいけれど、それでも表情は浮かなかった。


「でも、サクヤも気付いていたでしょう。話した方がいいと言っても頑なだった貴女が今日、彼女に一瞬話そうか迷った」


痛いところを突かれたらしい。気まずそうに木花は此方を見た。そして、諦めたように少しだけ笑った。


「黙っていてすみません。来てくださってありがとうございます。双葉さんと、隣にいる方は朔良さんですね」


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