恋風吹く春、朔月に眠る君
隣を見ると、朔良が小さく頷いた。その事実に驚く。朔良もまさか木花が視えるというのか。今まで2人がいる場で会ったことがないから分からないけど、朔良は視える人だったなんて知らなかった。
「幽霊なんて初めて見た」
「それはサクラが見せているからでしょうね。本来の約束とは違いますけれど」
木花は中央にいる桜の木の方を見た。
「これは私の勝手なお節介だから約束とは関係ないわ」
どうやらこの桜の木が朔良に木花を見えるようにしているのは本当らしい。約束ってどういうことだろう。
「なるほど。双葉が突然幽霊が見えるようになったのも、そのサクラって付喪神のお陰なんだね」
先に言葉の意味を理解した朔良が納得したように言った。
「察しがいいですね。そういうことです。双葉さんが私の姿を認識できるのはわたしがサクラと約束したからです」
「約束ってなに?」
「私は随分と長い間此処にいましたが、此処に留まれるほどの力が劣ってきていました。だから、あと数年あった私の此処に留まれる時間を引き換えに、桜が開花したあの望月の日から今日の朔月の瞬間まで、双葉さんに私の存在が視えるようにしてもらったんです」
鈍器で殴られたような衝撃だった。どういうことかよく分からない。いいや、本当はよく分かっている。君が今日、ここからいなくなること。君の時間があの満月から今日の新月までだってこと。夢でサクラと呼ばれているあの桜の木に私は聞いた。それが早まった理由が私だなんて、なんでそんなことしたんだろう。
「理由があるとすれば去年の春に桜の木の後ろに書かれた歌を見つけた時、かな」
「ご名答。頭の良い方ですね」
あの桜の木の後ろの歌を見つけた時、何があっただろう。朔良にその意味を教えてもらって、私は木花にそこまでさせることの言葉を、行動を、しただろうか。
『ねえ、今生のお別れになる死出の旅路って......』
『うん、会えないまま死ぬかもしれない旅ってことだよ』
『そんなっ......、じゃあ、これを書いた人は会えなかったかもしれないの?』
『さあね。桜の木に和歌を書くような回りくどいことするくらいなんだから、それくらい危険な旅だったんだろうけど』
『......そうだね。それくらい――』
私が思い出すよりと同時に、木花は宝物のようにその小さな唇でなぞった。