恋風吹く春、朔月に眠る君
「朔良さん、ありがとうございます。素敵なピアノを聴きながら成仏できるなんて、私は幸せですね」
「素敵って言われて嬉しいよ。何度も俺と双葉を繋いでくれてありがとう」
朔良と木花が話してるのを見るのはなんとなく不思議だ。でも、桜は先にお手本を見せてくれた。既に木花の胸元より下は光の粒となって消えていった。もう時間はない。後悔しないために。ちゃんと、お別れをしよう。
「木花、困らせてごめんね。私のことばっかりで、木花の話をあんまり聞いてこなかったこと、後悔してる。でも、私が木花の助けになれたのなら、すごく良かった。私はいっぱい助けてもらって、何度ありがとうを言っても足りないから。ねえ、ずっと友達だよ。もう二度と会えなくても、君を独りぼっちになんてしない」
「ありがとうございます。木花って呼ばれた日から、先生と同じように木花咲耶姫の話をした時から、『嗚呼、先生が呼んでくれたのかもしれない』と思いました。ずっと、友達です。私の声を思い出せなくなっても、どんな姿をしていたか思い出せなくなっても、私がいたことをどうか、どうか.......」
また溢れだすものに耐えきれなくなったのか、一度言葉を止めた。潤んだ目元から涙が零れると同時、めいっぱいに君は笑う。
「わすれないで、双葉」
瞬間、消えた。硝子が割れたみたいな音がして、跡形もなく、消えた。
「....ふうっ、ううっ......」
あまりに呆気なく消えていった虚空を見つめて絶望する。身体の力が抜けて、膝から落ちて座り込んだ。すぐ傍にいたはずの君はもういない。
「わすれないよお、このはなぁっ.....!」
子どもみたいにわんわんと声を上げて泣いた。床に落ちた涙が水たまりのようになるくらいに。朔良は私の涙を拭ったりしなかった。ただ、寄り添うように、ずっとピアノを弾いていた。何度も何度も、その曲を弾くのは、私を慰めるためだったんだと思う。後ろにいるはずの桜の木は黙ってこの場を照らし、私達を見守るようだった。暫くして、朔良が口を開いた。
「桜流しの雨だね」
朔良の視線の先には窓の向こうに見える桜があった。雨が降っている。窓に近づくと、雨に流された花弁が地面で悲し気にその身の色を汚していた。
嗚呼、今年も桜が終わるのだなと思った。