恋風吹く春、朔月に眠る君
EPILOGUE:6 夢見草に思いを馳せて


あの日から、数週間が経った。春の優しい風とは違う、五月の元気な緑の風がもう吹き始めている。明日からはゴールデンウィークだ。私はどうせ部活三昧の毎日が待っているけれど、朔良と出かける予定があるのは楽しみだ。

 あの後、桜の木が校門の前まで私達を連れて行ってくれたおかげで私達は何事もなく帰れた。当然のように心配して連絡して知ったお母さんとおばさんにこっぴどく怒られたけれど、共通の友人を介して友達が遠い所へ行くと突然知って見送りに行ったのだと朔良が話したおかげでなんとかなった。

あれから、あの桜の木が私達に話しかけてくることはなかった。多分、もう二度と私達が言葉を交わすことはないだろう。あの桜に木にとって、全ては木花のため。特に不思議なことが起こることもない平凡な毎日を送っている。

春休みのことは夢だったんじゃないかと思うほど密な時間を送っていたせいで、学校が始まってからの私の気持ちはふわふわ、ふわふわ、宙を漂うようだ。こんな気持ちになるのは木花のせい。それくらいに彼女といる時間はとてもとても楽しかった。......失くしたく、なかった。


「あれー、まだ、音楽室からピアノ弾いてるの聞こえるよ」


部活が終わって彩香と未希と一緒に帰ろうと、中庭を通ろうとした時だった。不思議そうな彩香の言葉によって、わたしの思考は別の方向へと動き出す。


「あっ、朔良のこと忘れてた」

「えっ、もしかしてこのピアノ古館君が弾いてるの!?」


未希が驚いたように音楽室の方向を見る。それにつられるようにして私と彩香もそちらを見た。開いた窓から聞こえるメロディーに耳を傾ける。

本当に、あの日からよくその曲を弾く。今までもよく弾いていたけど、それ以上に。緩やかに朽ちていくような甘く優しい響きが心地いいのに、ちくちくと針を刺すような感覚がするのは、あの短い時間を失ってしまった悲しみか、彼女にもっとできたことがあったのではないかと思う後悔か。呼吸を支配されたように苦しくなるのは私だけだろうか。朔良は、どんな意味を込めてそれを弾いているんだろう。


「うん、なんか話したいことあるから待ってるし一緒に帰ろうって言われてたのすっかり忘れてた」


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