恋風吹く春、朔月に眠る君


「人と人との間の糸が縺れることなく、いつまでも美しく繋がるのは難しい。切るしかなくなるものもあるかもしれない。でも、一度切って不格好でも、もう一度結べる。それはすごく難しいけどね。けど、それを望むのなら、きっと結べる。繋がれるよ」


ふわりと優しく微笑んだ朔良の言葉はとても暖かかった。


「ありがとう。そうだね。私、木花と友達になれたんだもん。こんなこと一生忘れられない。桜を見る度、人間関係で悩む度、いろんなきっかけで何度でも思い出す」


もう既に葉桜になった桜を音楽室の窓から見つめる。ほんとにいないんだ。いつも桜の木の下で優しく笑ってた木花はいない。もうでも、瞼を閉じれば、いつだって君がいる。


「じゃあ、この曲もその一つだね」


鍵盤に手を置いた朔良はまた、大事なその曲を弾き始める。ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』だよね。もう絶対その曲名を忘れる気がしないよ。


木花が消える間際に言ったようにいつか、声も姿も思い出せなくなるかもしれない。忘れてしまうかもしれない。でも、その思い出が無くなったりはしない。だから、大丈夫。君に繋がるものを辿って何度でも記憶の君に会いに行く。


「朔良の弾くこの曲の音色、変わったね」

「そう?」

「うん。前よりもっと、美しくなった」


甘く優しい響きが心地いい。でも、緩やかに朽ちていくような感覚が、針を刺すような感覚が、もう戻れないことを教えている。こんなにも呼吸を支配されたように苦しくて愛おしいのは悲しいからじゃない。後悔じゃない。大切な、大切な、思い出だから。


「ありがとう。すごく嬉しい」

「これからも弾いてね」

「もちろん、何度でも弾くよ」


大きなグランドピアノ越しに笑い合って、窓の向こうを見た。


 私達はこの音楽のように甘く優しく美しき音と共に、それに重なるあの日々に思いを馳せて、 何度でも思い出す。そしてきっといつまでも永遠に、君を忘れはしないだろう。





Fin


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