恋風吹く春、朔月に眠る君
聞いた話によると、朔良のお父さんは頭の良い学校に通わせたかったらしい。でも、朔良にそんな気はなくて、小学生になる前から朔良と小学校受験させたかった朔良のお父さんは衝突していた。
一応小学校については真面目に勉強することと、塾に行くことを約束してなんとか私達と同じ小学校へ行くことを許して貰ったらしいけど、それからも何かと言われるらしい。
朔良のお母さんは理解のある人で、ずっと朔良の味方をしてくれているけど、結局朔良はお父さんと今日まで仲が悪いのは変わらぬまま。顔を突き合わせれば、双方機嫌が悪くなるだけで言葉も交わさないらしい。
そのせいで昔から家に寄りつかない朔良だったけど、中学生の頃から朔良のお父さんは単身赴任で県外に行ってから、漸く家に帰るようになった。でも、何らかの理由で(そんな大層な理由じゃないと思うけど)、朔良のお父さんが家に帰ってきているんだろう。
単身赴任で遠くに行ってから朔良のお父さんは一度もこっちの家に帰ってきたところを見たことがないから不思議だけど。
「家に帰りたくないなら言えばいいじゃない」
「言ったってどうにもならないでしょ。小学生じゃないんだ。いつまでも我儘言ってられない」
「学校に逃げてきてるくせによく言うよ」
「昼間くらい許してよ。あの人がいる家に一日中いるなんて、呼吸困難で俺は死んじゃうね」
諦めを含めた厭世的な笑みを浮かべる彼は、普段の柔らかく包み込むような空気を纏っていなかった。寧ろ、その場に風が吹けば、散ってしまいそうだ。手を伸ばせば触れられる場所にいるのに、私と朔良の距離はこんなにも遠い。
「別に咎めてるわけじゃない。良いじゃない、逃げたって。でも一昨日はなんで言わなかったのって聞いてるんだよ」
「勢いのまま呼びつけちゃったからさ、ドアが開いた音で我に返って冷静になったら、心配するかなあって思ってさ」
自分の失敗を恥じらうかのように、はははと笑って誤魔化す。
「心配して当然でしょ。幼馴染なんだから」