恋風吹く春、朔月に眠る君
笑いを止めた彼が、一瞬動きを止めて、私の言葉を飲み込んだというようにまた笑った。
「そうだね、ごめんね。ありがとう」
噛みしめるように言われた言葉が、自分が言いだしたことなのに深く刺さる。
「双葉、ちょっとこっち来て」
「なに......って、わぁっ!」
何を仕出かすのかと思いきや、いきなり彼は立ち上がってそのまま私を抱きしめた。
「ちょっと何するの?」
突然のことに身体を仰け反ろうとした時、『苦しかった』と、小さく頼りなさげな声が聞こえた。
「思ったよりさ、あの人がいないことに甘えてたんだなって気付いて誰にも言えなかったんだ。これ以上母さんに迷惑かけられないから」
背高のっぽの朔良がいつもより小さく見えて、初めて泣いて教えてくれた日を思い出した。あの日もお母さんに迷惑が掛かることを泣いていたね。
嗚呼、こんなの、好きなのにどうしたらいいんだって悩むことも許されないじゃない。
朔良はすごく狡い人だ。私にだけは甘えるのが上手なんだから。そんな彼を見ると、彼にとって私が特別な気がして嬉しくなる自分も腹が立つ。
こんなもの、幼馴染という名の特別でしかない。
「どうしようもないやつだね」
「うん、ごめん.......」
「いいよ、ちゃんと約束は守ってあげる」
「ありがとう、双葉がいて良かった......」
耳元で小さく呟かれた言葉が呪いのようだと思った。幼い頃に言った言葉が、今の私を苦しめるだなんて、あの日の私は思いもしなかった。
でも、私は幼馴染という関係を捨てられない。この関係が苦しくても、ずっと捨てることなど叶わないんだろう。
何故なら朔良は、楓が好きなんだから。