恋風吹く春、朔月に眠る君
「はいはい、分かったから。じゃあね、ばいばい」
「うん、後でね」
互いに手を振り合って、朔良とは別れた。それからすぐに校舎の目立つところに下がった時計を見る。
「よし、まだ時間ある」
部活の時間まで十分時間があることを確認して、深く深呼吸した。
あの着物の女の子に会いに行こう。それが私が今日やろうと決めていたこと。朔良がおかしいってことを教えてくれたのはあの幽霊の女の子だ。
不気味だし、口悪いし、出来ることなら関わりたくないけどやっぱりお礼は言おう。どうせあの中庭を通るんだから、お礼を言ってすぐに部活へ行けばいいんだ。そう決心をして、中庭に向かった。
緊張しながらそっと中庭に目を向けた。でも、あの幽霊の女の子はいない。
あの子っていつもこっちが警戒している時は現れてくれないな。無意識に入っていた力が抜けていくのを感じる。
仕方がない。また部活が終わった後に探しに来よう。そうして中庭を横切ろうとした時。
「昨日も今日も毎日お疲れ様ですね」
聞き慣れない声。でも、一度だけ聞いたことがある。鈴を鳴らすような高く柔らかで甘い響きを持つ声。私はその声を知っている。
勢いのままに振り返ると、やっぱり昨日の彼女がいた。
「また会いましたね。彼は元気になりましたか?」
上品な微笑を携えて問う彼女は人形のように美しい。遠目だったり、いきなり現れて訳の分からないことを言われたりしていたから気付かなかったけど、彼女はとても恵まれた容姿をしていた。
鴉の羽のように艶のある黒髪は肩口で切り揃えられ、優しげな瞳と小さな鼻と薄い唇が計算されたように並んでいる。
それから薄い桜色の着物が、雪のように白い肌によく似合う。陽の光に少しだけ透けるその姿が彼女の儚さを惹き立てていた。それはもう風に吹かれれば散ってしまいそうなほどに。
「お陰さまで話を聞くことが出来たよ」
「それは良かったです。これで今日は良いピアノが聞けますね。それで、貴女はどうして私を探していたんでしょう?」
なんでもお見通しだとでも言うように、ふふっと得意げな笑みを浮かべた彼女を見て眉を寄せる。