恋風吹く春、朔月に眠る君
「そんなにべた褒めされると気持ち悪いんだけど」
「双葉は相変わらず酷いなあ」
何も考えないでも出てくる可愛くない言葉を朔良はけらけらと笑って流す。優しいのは朔良の方でしょ。口に出して言う気はさらさらないけど。
「今日は塾?」
いつもより大きいリュックを指差すと、朔良は小さく頷いた。
「めんどくさいよねー。毎日毎日勉強勉強って。俺はそんな勤勉じゃないんだけど、言うこと聞いておかないと煩いから」
名前が出てこなくてもそれが誰かなんて分かる。お父さん、って、呼びたくもないんだろう。再び覗くどうしようもない溝を感じて苦しくなった。
「そう、ご苦労なことだね。まあ、頑張って」
それでも私に出来ることなんて何もない。昔はもっと大きくなったら出来ることがあるのかもしれないと思ったけど、そんなことなかった。昔も今も出来ることなんて、朔良の隣で一緒に居てあげることくらいだ。
「えー、やだよ」
「やだよって、じゃあ、どうするの」
「適当にやる」
「うわっ、これだから頭の良い奴は嫌なんだ」
学校の最寄りの駅に着いて、ホームで二人電車を待った。やがて電車が来て乗り込むと、私ととてもよく似た声が聞こえた。
「あれー、双葉と朔良じゃん」
振り返ると、私服姿をした双子の姉の楓がいた。春休みなんだから私服なのは当たり前か。寧ろ、私が通っている学校は部活は強制じゃないから、折角の春休みを潰して甲斐甲斐しくも学校に通っている私達の方が珍しい。
「そっか、双葉の帰りって最近いつもこの時間だったね」
「そうだよ、楓は雪穂ちゃんと遊んでたんだっけ?」
雪穂ちゃんって言うのは、中学から楓と仲の良い親友みたいな子だ。私は同じクラスになったことがないからそれほど仲が良いわけじゃないけど、私を見つけると雪穂ちゃんはにっこり笑って手を振ってくれる。そういうとても可愛らしい子なんだ。
「そう。でも、これから塾だから帰ってきた」