恋風吹く春、朔月に眠る君
「その雪穂ちゃんと一緒には帰って来てないんだね」
そうだ、雪穂ちゃんは中学から同じだから最寄駅も同じはず。なんで、一緒じゃないんだろう? 楓と同じように何か用事があったんだろうか。
楓の方を見遣ると、すごく不機嫌な顔をしていた。ああ、また、朔良は楓の嫌なとこを突いたのか。本当に、意地悪するのが趣味みたいなやつなんだから。
「偶然、彼氏君と出会ったのよ。時間あるって言うし、『雪穂も私がいなくてヒマなんだし、行っておいで』って言っただけよ」
「あはは、それですごく機嫌悪いんだね」
「機嫌が悪いのはお前の所為だ、古館朔良」
心底愉快そうにする朔良をドブネズミでも見るかのような目で言うんだから怖い。昔から朔良は楓を怒らせる天才だ。
なんで朔良は楓を怒らせたがるのか、一度聞いてみたことがある。曰く、愉しいから、だそうだ。迷惑極まりない理由に二の句が継げなかった。
「やだな、親友を取られて悔しいくせに。人の所為にするのは良くないよ」
楓にとって雪穂ちゃんは親友であり、恩人だ。楓が些細なことで友達だった人達に無視されるようになって、独りでいた時に優しい笑顔で声を掛けてくれた人なのだから。
大事な友達をちょっと取られた気持ちになってもおかしくはない。多分、そういう意味で朔良は言っているのだろうことは、私にも分かった。
昔から朔良はとてもよく楓のことを分かっている。嫌なとこを突けるのは楓が思ってることが分かるから。きっと、今回も間違っていないのだろう。
楓は自分のパーソナルスペースを犯されるのがすごく嫌いだ。
朔良がよく泊まりに来てた頃、楓が朔良と同じ部屋で寝たがらないのはそういう理由だった。別に一匹狼を気取ってるわけじゃない。でも、一人でいるのが一番楽なんだと思う。