恋風吹く春、朔月に眠る君
ただ、心の中ではひやひやする。なんていうか、二人とも相手を煽る天才だ。どうしてこうも言い合いになるのか分からない。
喧嘩するほど仲が良いっていうにしては物騒な気もする。これなら私と朔良の普段の言い合いの方が可愛いものだ。
「はいはい、二人ともそろそろ行かないと遅れるよ」
「あ、ほんとだ。やばい、行かなきゃ。じゃあね、双葉」
スマホで時間を確認した楓が足早に去る。それを朔良が『えっ、ちょっと待ってよ!』と焦ったように追いかけて行く。
「いやだ、古館朔良なんて知らない」
「うん、フルネーム呼びは流石に他人行儀過ぎて寂しいかな」
「そんなことはどうでもいいの!」
それから二人はやいやいと言い合いをしながら塾へと向かっていった。それを嵐が去ったような気分で見送った。
まだ落ち切らない日を背にゆっくり歩き始める。すると、無意識に溜息が出た。朔良が好きだと気付く前はずっと一緒にいて気にしなかったことが、心を燻らせるものになるだなんて思わなかった。
朔良が楓のことをよく分かって挑発するようなことを言うことも、楓と朔良が言い合うことも、今までだってずっとあったのに。なんで、こんなにいちいちもやもやするんだろう。
「一言もなく、楓を追いかけて行っちゃうんだもんなあ」
静かな住宅街に落ちた小さな声は、あまりにも嫉妬と羨望に塗れていた。こんなに小さなことで落ち込む自分が馬鹿らしくてたまらない。
寂しくて、虚しかった。紛らわすようにイヤホンをして、音楽をいつもより大きな音で流す。大好きな音楽なのに、それでも全然耳に入ってこない。あんな奴にいちいち一喜一憂してる自分が悔しくて早足で帰った。