恋風吹く春、朔月に眠る君
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三月末、暖かくなってきたとは言え、まだまだ朝は冷え込む。すり抜けていく風に身震いしながら、今日も朔良と一緒に学校へと向かう。
「双葉ってほんとに春休みないんだね」
隣で私の歩く速度に合わせてゆっくりと歩く彼は、憐みの視線を向けた。
「部活があるからね」
「俺だったら絶対やだなあ」
「朔良は朝弱いもんね」
普段、学校のある日だって、結構朝はギリギリだ。遅刻して先生に注意されたりするほどではないけれど、私が朝練のない日でも一本遅い電車に乗っているはずだから余裕はないと思う。
本当は朔良がこの時間に起きて、一緒に学校へ行くことにだって驚いている。昨日は気まぐれかと思ったけど、今日も朔良は私より早く準備をして、家の門の前で待っていた。
「うん。学校のない日に早起きとか無理。でも、あいついるからすぐに目が覚めるんだよ。だったら、双葉と行こうかなって」
何も言っていないのに、彼は私の疑問に気付いたように答えをくれた。
「だから昨日、顔色が悪かったんだ」
無意識にぼそっと口にしていたようで、朔良が『何か言った?』と聞いてきた。それに私は『ううん、なんでもない』と返す。
折角、最近の朔良は元気だったのに、お父さんが帰ってきただけでこんなにも影響がある。お父さんが単身赴任してもその場しのぎで何の解決にも至ってないのだから当然のことだけど、やっぱり心配だ。
「大分咲いてきたね」
朔良の声ではっと我に返った。私が考え耽っている間に、学校近くの桜並木のところまで来ていたらしい。見上げると、日に日に満開へと近づく桜の群れがあった。
風に吹かれ、花弁が枝を離れ、身を空中で躍らせる。桜の香りが鼻腔を擽った。
「ほんとだ、来週には満開になりそうだね」
思わず顔が綻ぶ私と違って、朔良はそんなに桜が好きじゃないと思う。この前も満開が楽しみだねって言ったのに、上の空だった気がするし、何より彼は彼自身のことをあまり好きじゃないと思うから。
その名の由来の木を見る度にとても空虚な目で見つめている気がするのは、気のせいじゃないと思うんだ。