恋風吹く春、朔月に眠る君
「楽しみ?」
「もちろん。春が来たって感じがするでしょ」
「じゃあ、満開になったらお花見に行こうか」
それなのに、お花見を誘うのはいつも朔良からなのが不思議だ。
一瞬、動きが止まると朔良が『行きたくなかった?』と首を傾げた。違う、と首を振る。すると、きょとんとした顔をされた。『じゃあ、なに?』とでも言いたげな顔だ。
本当は桜が嫌いなんじゃないかって今更聞けなかった。毎年毎年一緒に行ってるのに、嫌いだって言われたらどうしたらいいかわからなくて、聞けなかった。
でも、聞いてしまういい機会なのかもしれない。ちらりと朔良を盗み見るとこちらを真っすぐに見ていた。もう、逃げられない。
決心したのに、何度か口を開いては閉じて、声にならない自分が情けなくなった。長年飲み込んだ疑問は口にするだけでも難しい。
落ち着いて、息を吐く。それから勢いのままに口にした。
「いいの? 朔良は好きじゃないでしょ?」
決心して漸く聞けたというのに、彼は目をまんまるく見開いて、驚いたような顔をした後、可笑しそうにけらけらと笑った。
一体、なんなんだ。私は真面目に聞いたのに、なんで私は笑われてるんだ。
「ははっ、変なの。昔、俺は行かないって言ったのに、無理矢理お花見行かせたのは双葉のほうでしょ?」
今度は私が目をまんまるく見開いて驚く番だった。
「そうだっけ?」
「そうだよ。昔の双葉はすぐに俺を連れ回したからね」
確かに昔の私は、朔良があまりにも外に出たがらないから、朔良のお母さんに頼まれて連れ回していたけど、その中にお花見もあったっけ。思い出せない。すっかり、忘れてしまっている。
「双葉が何を言いたいのか分かんないけど、俺がいいって言ってるんだし、気にしなくていいんだよ。双葉と一緒なら俺はどこでも楽しいからね」
さらりと吐かれた台詞に心臓がひと際大きく高鳴ったのが分かった。朔良の自然とこういうこと言うところ、嫌いだ。自然と顔が緩んでしまう私はもっと嫌い。
まさか自分自身に好意を寄せられているなんて微動も考えていないんだろう。残酷な人。
臆病な私は朔良の方を見ることなく前を向き、平静を装って『なにそれ』と零すだけだった。