恋風吹く春、朔月に眠る君
あれからすぐに学校に着いて、朔良と別れた私は幽霊の女の子もとへとやってきていた。
「おはようございます。顔色が悪いですね。どうかされたんですか?」
そして、開口一番に言われたのがこれだ。なんでこうもすぐに分かるんだろう。私はそんなに顔に出る性格ではないと思うのだけれど。
「.......うん、まあ、そんなところ」
なんとも歯切れの悪い返事をすると、彼女は少し考えるような仕草をして、やがて思いついたように不敵な笑みを浮かべた。美人が悪い顔をすると迫力があるってこのことだ。
「彼のことですね」
彼女の白い手が真っ直ぐ校舎の二階、丁度音楽室のあたりを指す。太陽の光が反射する窓は眩しくて中にいる人は見えない。
でも、そこにいるのは彼しかいない。朔良のことだ。本当に隠し事ができない。
「ねえ、それより名前、考えてきたの」
「あら、はぐらかされました。流石に意地悪が過ぎましたでしょうか?」
話題を変えたのに、これだから食えない。眉間に皺が寄る。
「可愛い顔が台無しですよ。折角考えてきてくれたのでしょう? 名前を教えてくださいな」
ふふっと上品に笑う彼女の性格の悪いこと。でも、意外にすんなりと引いてくれて安堵した。
「木花(コノハナ)でどうかな?」
話題を変えたい一心で勢いで言ったものの、バッサリと切り捨てられないか不安で、内心そわそわしていた。
でも、それを悟られたらまた馬鹿にされる気がして、なんでもないことのようにさらりと告げる。本当はすごく頭を悩ませて考えたなんて言えない。
そっと窺いみると、彼女はとても驚いたように目を見開いていた。
「.......もしかして、木花咲耶姫ですか」
驚きと戸惑いに満ちた声音で囁かれた女神の名に、静かに頷く。
コノハナサクヤビメ、それは桜の呼び名の由来になった日本神話の女神のことだ。昨日、家に帰ってから試行錯誤して、ふと、朔良がそんな話をしていたのを思い出した。