恋風吹く春、朔月に眠る君
春休みの一日練習は普段はできない練習メニューが入れてあったりして、かなりきつい。それを漸く終えても、1年は率先して片付けをしなければならない。私はシャトルがたくさん入ったかごを抱えて部室へ向かっていた。
「双葉お疲れさま」
小さく落ち着いた声が鼓膜を揺らす。足を止め、振り返るとそこには甘楽杏子がいた。
ピシッとアイロンがかけてあるシャツのボタンは全てしっかり留めて、きっちりと制服を着こなす杏子は、第一ボタンを留めなかったり、スカートを折ったりと校則破りの私とは大違い。
そんな如何にも優等生といった姿の杏子からはとても美味しそうな甘い香りがした。
「部活あったの?」
「うん、フィナンシェ作ったの」
家庭科部に所属する杏子はお菓子も料理も作るのがとても上手だ。作ることも好きだが、食べることはもっと好きな杏子は少し、いやかなりの大食いだ。それにかなりの甘党で、常に鞄の中には甘いものが常駐してる。
それなのに彼女はとても華奢な体つきをしていて、全然太らない。すぐに肉がつく私にとっては羨ましい。と同時に、その細い体にどれだけの物が入るんだと思うくらいに彼女の胃は底なしで怖い。
「家庭科部でも春休みに部活あるんだね」
「ううん、元々はなかったよ。でも、お菓子食べるために作った」
お菓子食べるために作ったってどういうことだ。食べるために活動作ったっていうのか。呆れてものも言えない私に対して、『部長権限だよ』と悪戯な笑みを浮かべた。それは職権乱用の間違いじゃないのか。
2年の先輩がいなかった家庭科部は、杏子が部長を引き継いだことは知っていたけど、まさかそんな風に職権を使うとは、恐るべし食い意地。
「双葉ー! 友達と話すのは後にして! 片付け終わったらみんなで集まるよー!」
2年の先輩が部室の方から叫ぶ声が聞こえる。ちょっと長居しすぎた。
「はーい! 今行きまーす!」
「ごめん、私が呼び止めちゃったから」
「ううん、大丈夫大丈夫。用事あったんだよね? ちょっと待っててくれる?」
「大丈夫、中庭の方で待ってるよ」
「ありがと。じゃあね」
手を振り、シャトルの入ったかごを持ち直して部室へと走る。部室の中へと入ると殆どみんな揃っていて、慌ててシャトルの入ったかごを定位置へと片付けた。
私のようにバタバタと戻ってきた数人を足して、全員が揃うと明日は休みだとか、明後日の予定とかの話を軽くしてすぐに解散した。