恋風吹く春、朔月に眠る君
急いで帰り支度をして、部室を出た。暖かくなってきたとはいえ、外はやっぱり肌寒い。待たせるのは良くないと思って、中庭まで走った。
中庭に着くと、ベンチに座る杏子がスケジュール帳を開いて、小さく折り畳まれていたのだろうちらしとスマホを睨めっこしていた。
杏子の家は父子家庭だ。母親は浮気をして、挙句家を出て行ったらしい。お父さんはそれなりに稼いでいる人らしく、お金ですごく不自由してるわけじゃないらしい。
小学校から一緒だけど、仲良くなったのは中学に入ってからだから詳しくは知らない。でも、その時から母親の役割は全て長女だった杏子のものになった。
小学校5年生と2年生の弟と妹が二人。その子達も杏子が面倒を見ているのだから、尊敬する。今でもお母さんに部屋を片付けろとか、洗濯物は早く出せとか言われる私とは大違い。とてもよく出来たお姉ちゃんなんだ。
「杏子、待たせてごめんね」
ベンチの方に歩み寄り、息を整えてから声をかけると、杏子は顔を上げた。
「ああ、こっちこそ部活終わってなかったのに、ごめんね。これ、渡そうと思って」
そう言って渡されたのは、ピンクのリボンが掛かった可愛らしい包みだった。
「フィナンシェ、あげる」
「やった! 部活終わりでおなかすいてたんだー」
ふわりと小さく笑みを作る杏子は『そういうと思って持ってきたんだよ』と言った。流石親友、気が利く優しい女の子だ。絶対いいお嫁さんになる。食い意地だけが玉に瑕だけど。
「あー! 双葉だけ先行くから変だなって思ってたら! つづらちゃんの手作りお菓子自分だけこっそりもらうなんて!」
空を切り裂くような甲高い声が穏やかな空気を消し飛ばした。声のした方へと視線をやると、彩香と未希がいた。
「彩香煩いんだけど! 耳痛いから!」
「そういう未希だって煩いじゃん!」
「あんたには言われたくない」
すかさずツッコミが入る彩香の発言に思わず、吹き出してしまった。
「ちょっと、双葉酷くない!?」
「ごめんごめん、ついね」
「酷くないの。それくらい彩香は煩いの。それに図々しいにもほどがあるでしょ?」
とても冷たい視線を送る未希を見て、苦笑した。未希の態度は冷たいものだけど、それは二人の仲が良い故のこと。未希は彩香の扱いをとても心得ている。