恋風吹く春、朔月に眠る君
「いやいやいやいや、いる! いるー! ありがとう! つづらちゃん!」
「どう致しまして。でも、耳が痛いからちょっと静かにしてね」
「うん! 静かにする! じゃなくて、静かにします.......」
なんて茶番なんだろう。横で未希が『杏子ちゃんって、彩香の扱いほんと上手だよね』なんて耳打ちしてくる。ほんとだよ。私は杏子が末恐ろしいよ。
静かになった彩香を見て満足した杏子は未希にもフィナンシェを分けてくれた。そして、みんな帰ろうかという雰囲気になる。
「つづらちゃんはもう帰るの?」
「うん、部活終わったしね。夕飯の準備しないと」
「ひえー、つづらちゃんほんとすごいねぇ」
杏子の家は、杏子が小学生の時に離婚して、お父さんと弟二人。だから、家事は杏子の仕事。杏子とは小学校から一緒だけど、仲良くなったのは中学に入ってからだから詳しくは知らないけど、いつも家事に追われて忙しそうにしている。
本人は楽しんでやっているみたいだから平気らしいけど、私には考えられないことだ。杏子のそういうところはすごく尊敬している。
「あれ? そういえば、すっかり忘れてたけど古館君のとこ行かなくていいの?」
「あ、やばい。行かないと」
「朔良くんのとこ?」
状況を分かっていない杏子が訝しそうに聞く。
「なんかねー、最近古館君が音楽室に遊びに来てるんだって。だから、登下校いっつも一緒なんだよぉ」
事情を知っている彩香はつまんなさそうに答えた。それを聞いた杏子は何かを察したようだ。
杏子は朔良とも仲が良いから家庭のことも少しは知っている。中学生の時、家に帰りたがらなかったのもよく知っている。だから、なんとなく何か問題があることが分かったのかもしれない。
「このまま久々に双葉と帰ろうかと思ったけど、それなら早く行かないとね」
「ごめんね」
「明日部活休みで遊ぶでしょ、いいよ。また明日ね」
少し心配そうに小さく手を振る。朔良のことを心配してくれてるんだろう。明日は杏子と遊びに出かけるから、聞かれるかもしれないな。
「また明日。彩香と未希は明後日、部活でね」
「はぁーい、ばいばーい」
「こら、拗ねないの。双葉、またね」
窘める未希はなんだか、彩香のお姉ちゃんみたいだ。この二人はとても仲が良い。彩香に謝りつつ、足早にその場を去った。早く音楽室に行かないと、朔良が怒っているかもしれない。