恋風吹く春、朔月に眠る君
折角の味を噛みしめながら食べていると、私が最初に取っていた量の倍を乗せた皿を持った杏子が帰ってきた。
「すごい量だね」
「美味しいんだもん。仕方ないね」
悪戯な笑みを浮かべて得意げな姿に苦笑を送るしかない。その華奢な身体のどこにこれだけの量が入るんだろう。私だって決して食べる量が少ないというわけではないのに、杏子の前では私が少食みたいだ。
普段、あまり表情を変えることのない杏子がきらきらと瞳を輝かせて、フォークを手に取る。まず手に取ったのは桃のタルト。薄いピンクが際立つ白桃は水分が照明に反射して輝きを増している。
それを大きな口を開いて食べた杏子はとても幸せそうな顔をした。杏子は食べ物を本当に美味しそうに食べる。
「食べる時の杏子見てると、それが生きる上での一番の幸せみたいだなって思うよ」
「うん、食べる時が一番幸せ」
ふわりと笑った杏子はとても可愛い。甘いものを食べる時の幸せそうな可愛らしい笑顔を男の子が見たら絶対に惚れると思う。私が男の子だったら惚れると、見る度に確信するくらいだから絶対だ。
「作るのも好きだけどね。家族が美味しそうに食べてくれると嬉しいから」
少しだけ照れくさそうな笑顔が甘いケーキの香りが充満する空気に溶ける。
「杏子は家族とすごく仲良いよね」
「そうだね。離婚する前は殺伐としてたけど、お母さんがいないからみんなが協力的になった。家事は大体私がしてるけど、みんな手伝ってくれるから苦じゃないよ」
優等生どころか、人間性の鑑みたいな発言だ。しっかりしすぎてて、同い年とは思えない。私とは大違いだ。
「双葉の家も仲良いでしょ。朔良君は大変そうだけど」
「昔から朔良のお父さんは厳しいからね」
「みんな大変だね。関係って自分だけがどうにかしようとしてもできないから」
紅茶を一口飲んだ杏子が息を吐いた。私のことを言われているようで、無意識に唾を飲む。
いつか、取り繕うことができなくなって、幼馴染の関係を壊してしまう日が来るのかもしれない。過ぎった考えを捨て去るように取ったティーカップに口をつける。紅茶は温くなっていた。