恋風吹く春、朔月に眠る君


▼▼▼

束の間の休日の次の日、行きたくない気持ちを引き摺って学校へ向かう。家を出ると当然のようにいた朔良はとても眠そうだ。欠伸を噛み殺すと生理的な涙が目尻に溜まるのを拭う。


「ああー、眠いなあ。太陽はもう少しゆっくり起きてくれても構わないんだけど」


霞みがかった薄い水色の空には服を通して柔らかな温度を与える太陽があって、確かに眠気を誘う。つられて私も欠伸が出そうになる。一昨日からの寝不足が祟って、起きてから何度かぼーっとすることがあった。


「あ、欠伸移った」

「移ってないよ」

「えーっ、移ったよ。双葉が眠そうにしてるなんて珍しいね」


いつもと変わらない態度。当たり前と言えば当たり前なのだけど、一昨日のあの音楽を聞いてしまったせいで、そわそわとしてしまう。寝不足だって、あの音楽のせいだというのに。


「あんまり寝てないから」

「大丈夫?」

「全然大丈夫じゃない。明日はまた部活かって思うと寝たくなくなるの困る」

「それは早く寝よう」


ホームの電光掲示板の表示と音楽が流れて、電車がやってくることを知らせる。まもなくホームに入ってきた電車に朔良と乗り込んだ。

ガタンガタンと音を立てながら電車は目的地へと走り出す。電車の走行音を聞いていると、うとうとしてきた。眠い目を擦って、耐える。視線を感じて、朔良の方を盗み見ると心配そうにしていた。

私が朔良を好きで、朔良は楓が好きで、それを思い知らされて苦しいなんて、言えるわけない。そもそも大したことじゃない。朔良の視線に気づかない振りをした。やがて、学校の最寄り駅の名前が聞こえて到着した。


「双葉どうしたの?」


駅から学校への道を歩き始めて暫くした頃。とうとう挙動のおかしい私を咎められた。


「何が?」

「やけに静かじゃない? 距離あるし」


普段からずっと会話してるわけじゃない。互いに何も話さないで静かに歩くこともよくある。思い立った時につらつらと話すのが私達のスタイル。でも、話を振ることが多いのは私だ。今日会ってから私から話しかけることは殆どなかった。なんとなく話しかけられなかったから。

朔良と私の間の距離もいつもより遠かった。距離が近くて、少しでも手が当たったりしたら、あの温度に焼かれそうで怖かったから。


< 48 / 157 >

この作品をシェア

pagetop