恋風吹く春、朔月に眠る君
きっと、2階の第二音楽室からだ。誰が弾いているんだろう? そんな疑問の答えはすぐに見つかった。
「この曲.......」
気付いた時には弾かれたように走り出していた。校門にではなく、あのピアノを弾いてる人がいるであろう第二音楽室に向かって。
昇降口でばたばたと外靴と上靴を変えて、ダッシュで階段を上る。それも二段飛ばしで駈けるように。二階に着いて、部活で疲弊しきった身体が悲鳴を上げる。
音楽室までもうすぐそこ。気にせず走り抜けて、音楽室の扉に手を掛ける。バンッと大きな音を立てて開けば、想像した通りの人がいた。
右半分が五線譜になった黒板とお行儀良く並んだ40程ある机と椅子。それらの奥にある塗りつぶしたような黒の大きなグランドピアノ。
その前に座っていたのは背が高い割にひょろひょろで栄養足りてなさそうな男子生徒、朔良だった。朔良は、吃驚したように目を丸くして、ピアノを弾く手を止めていた。
「廊下は走っちゃいけないよ」
次の瞬間には困ったように笑って、誰も守らないであろうお決まりのルールを口にする。私は乱れた呼吸をゆっくり整えてから『そんなの誰も守らないでしょ』と答えた。
「それより何で朔良が此処にいるの?」
帰宅部の朔良は春休み、学校に来る用事なんてないはずだ。
「ああ、それは、先生に音楽室借りてもいいですかー?って聞いたら案外簡単に鍵貸してくれたからピアノを弾こうと思って」
なんでわざわざ学校に来た理由をすっ飛ばして、音楽室借りれたからピアノ弾いてた、とか見れば分かる状況を説明するのか。見当違いな返答をしないでほしい。
少しだけ睨むように彼を見て、言い方を変えた。
「いや、そうじゃなくて、家でもピアノ弾けるでしょ?」
「家のピアノは機嫌が悪かったんだよ」
それでも朔良はのほほんと笑ってそう答えるのだ。朔良らしいと言えばそうだけどさ。本当にいちいち腹が立つ。
「へぇー、休みにピアノの為だけに学校来るなんて暇人だね」
「うん、でも、そうすれば双葉(フタバ)と一緒に帰れると思って」