恋風吹く春、朔月に眠る君
「失礼しましたー」
朔良の心にも思ってない間延びした調子の声が聞こえる。それからガラガラと音を立てて扉を閉める音がした。
「鍵返すだけにしては遅かったね」
「ちょっと先生に捕まった」
「それはご愁傷様で」
もう生徒は誰もいないだろう廊下に声が反響する。人のいない明かりも少ない暗い時間の学校って嫌に静かだ。二人並んで歩く足音がこんなにも際立って聞こえる。
外は冬の間と違って随分と日が長くなったおかげでまだ太陽は元気そうだ。日陰は温度が低いけど、日の光がほんのりと肌を温めてくれる。
「おなかすいた」
「寄り道する?」
「うん、朔良のおごりで」
「えっ、嫌だよ。まだ怒ってるの?」
冷たい態度をする朔良にぷいっとあからさまに顔を背けた。さっきからすぐに意地悪するからだ。私もすぐに意地悪するけど。
結局、朔良の掌で転がされてるような気がするからやっぱり、そんなの関係ない。
「仕方ないなあ」
拗ねる私に折れるのはいつも朔良の方。負けず嫌いで意地っ張りな私は先に折れるなんてなかなかできないことを朔良はよく知っている。
でも、それができる朔良がすごいことは私だってとてもよく知っている。
「やったー! ありがと」
「どういたしまして、コンビニでいい?」
「いいよ」
昇降口に着いて、各々の下駄箱で靴を履き替える。置きっぱなしにした外靴が乱雑に置かれてるのを見て、流石に我ながら自分の雑さに呆れた。
玄関を抜けて、校門の先には桜並木が綺麗な一本道。まだまだ桜は咲いていない。そういえば、昨日が開花日だとニュースで言っていた。
これから今日みたいな暖かい日が続いたら一気に満開になるんだろう。私が棒立ちして桜を見ているものだから、朔良も一緒になって見ていた。
「満開になるのが楽しみだね」
「そうだね」
そう返した声がどこか上の空だった気がしたのは気のせいかな。