恋風吹く春、朔月に眠る君
「そろそろ休憩にしようか。ケーキあるよ」
「食べる! じゃあ、朔良の部屋に移動した方がいいね」
「うん、俺の部屋で待ってて。持ってくから」
「はーい」
使いなれた朔良の家の中を歩く。朔良の部屋は二階の奥の部屋。扉を開けると整理整頓がきっちりされたシンプルな部屋が広がる。そこで暫く待っていると、階段を上る音が聞こえてきた。すぐにそれはこちらへ向かってくる。
扉を開けるとケーキと飲み物のお盆を抱えて両手の塞がった朔良がありがとうと言った。小さなテーブルにケーキとジュースが置かれる。毎年一緒の私達のために朔良のお母さんが作ってくれるケーキはいつも美味しい。
「朔良のお母さんのケーキはやっぱり美味しいね」
「うん。いつも嬉しそうに作ってるから母さんも喜ぶと思うよ」
二人だけの小さな誕生日会。特別なことと言えばケーキを食べて、朔良の演奏を聴くだけだけど、それでも二人にとっては幸せな時間。ケーキを食べ終えて、談笑をして、それだけで楽しい時間は過ぎていく。
「あれ? 双葉、髪にゴミついてるよ」
「え? 全然気づかなかった」
「ピアノ置いてある部屋で寝転がってたでしょ? 掃除はしてるけど埃っぽいからついたのかも。ごめんね」
「いや、全然大丈夫だけどどこか分からない。どこ?」
適当に自分の髪を触ってみるけどそれらしいものが見つからない。
「待って、俺が取るよ」
朔良が私に近づいて、前髪の辺りを触る。それだけで顔の熱が上がるのが分かった。
「取れた」
そう言った朔良と目が合う。思ったより近い距離に朔良も驚いたようで、少しだけ見開いた。でも、すぐに離れることはなく、吸い寄せられるように朔良が距離を縮める。吐息がかかる。息ができない。何が起こっているの? 朔良はどうしてこんなに近いところにいるの?
吸い寄せられるように距離は縮んでいく。これではまるで......まるで、キスするみたいだ。弾き出された思考に自らが吃驚する。思わず目を閉じた。その時、ガチャリと音を立てて扉が開いた。
「何をやってるんだ」
動きが止まった。朔良との距離が離れる。開いた扉の向こうを見遣ると、朔良のお父さんがいた。