恋風吹く春、朔月に眠る君
「やだよ。だって、帰ったらまた朔良独りで苦しむんでしょ? そんなのやだよ。独りにならないで。私は朔良の味方だから独りにならないで」
なんとか繋ぎ止めたくて、朔良の手を両手で掴む。顔を上げて朔良の顔を見ると動揺したように目が揺らいだ。でも、それは瞬きのように短い時間だった。動揺は全て隠され、一段と厳しい表情になる。
紡ぎかけられる言葉に負けまいと両手に力を込めた。私の想いが伝わったのだろうか。目を見張った朔良は苦しむように顔を歪める。中途半端に開かれた彼の口からは音にならない言葉が霧散して、何を言おうとしているのか分からなかった。
「私は傍にいたいよ。朔良の痛みが完全に解らなくても、私が一番の味方でいるから独りにならないで」
きみが私を好きじゃないとしても、それでも傍にいることを望まずにはいられない。だったら、それだけは認めて伝えてしまおう。今は好きだと言えなくても、いつか振り向いてもらえるように。いつか好きというために。
そう願って口にしたはずのそれは私の願いを受け入れてはくれなかった。破って、引き千切って、捨て去られたのだ。悲しみに暮れた表情の朔良によって。
「......楓だったら良かったのに」
小さな小さな声だった。でも、私と朔良しかいないこの冷たい部屋で、朔良の言葉だけを待っていた私にとって聞き逃すことはなかった。そして、今聞きたくはなかった名前に、一番聞きたくなかった台詞に、激情に駆られる。
「そうやっていつも私を遠ざけるよね。味方だよって、傍にいるよってどれだけ伝えたって朔良は私のことなんて要らないんだもん。仕方ないよね」
思ったより自分の声は静かだった。それは何度も言い聞かせてきたことだから、当然のようにするりと落ちたんだ。朔良の瞳を真っ直ぐに見据えた。放心したような朔良が見えたけどそんなことはどうでもよかった。頭に血が上った私には冷静に物事を捉えるなんてことはできないし、そんな必要さえも今は要らないと手放してやったのだから。
「仕方ないって分かってても信じて欲しかったよ! 少しくらい私を見て欲しかったよ!!」
胸倉を掴んで強引に引き寄せる。力の抜けた朔良の身体がぐらぐらと揺れる。朔良の瞳に私は映っていないようだった。それすらも腹立たしくて、唇を噛みしめる。
「朔良なんてだいっきらい.......!!」
抜け殻のような朔良を突き飛ばして彼の家を出て行った。