恋風吹く春、朔月に眠る君


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何かが囁く声がした。ふわりふわりと舞うみたいに反響して溶けるそれは聞き取りづらい。


「...が...い。...けて....て」


またこれだと思った。毎夜、誰かが私に語り掛けてくる。誰の声か分からない。何かを乞うようなその声はきっと私に何かを求めているということは分かるのに。


「聞こえないよ! もう一度言って!」


声の主に叫んだら、それだけで世界が割れた。硝子が砕けるような音を聞いて目を瞑る。次に目を開けた時、そこには私の部屋があった。真っ暗で電気もついてない私の部屋。そこに私だけが取り残されたように存在していた。


「...んが...い。...すけ.....て。...れが....だよ......じつ...かの......な、よう.....」


また声がした。顔を上げると窓が開いていた。その向こうに大きな桜の木が見える。おかしい。本来は私の部屋からそんな木は見えないのに、存在しないはずなのに。

風が吹いた。桜の花弁が誘われるように部屋の中に入ってくる。ひらりとフローリングに落ちた花弁を拾い上げる。するともっと大きな風が吹いた。桜が、散っていく。桜吹雪は私に向かってやってきて、最後の声を残してすべてが消えた。


「ゆ、べき...に還るために......」


衝動的に上半身を起こして布団を勢いよく捲った。カーテンが閉められていない窓。その向こうは真っ暗だった。でも、そこにはやっぱり桜はなかった。


「夢か......。あれ、夢って何を見て......」


最近こんなことばかりだ。窓の外に桜なんてあるはずがないのにやっぱりないなんて思うのも、きっと夢で見たんだろう。でも、いつもその夢の内容は覚えていない。現実に戻ると忘れてしまう。それなのになんとなく最近見てる夢は同じような夢で何か大切なことのような気がする。

だから、捜してしまうんだ。探しても見つからない夢の記憶。でもやっぱり、何も思い出せない。今日も諦めて溜息を吐いた。


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