わたしの意地悪な弟
 わたしは唇を右手で隠し、思わず後退する。

「早く起きないと始業式に遅刻するよ」

「寝起きって雑菌がたくさんいて汚いんだよ。何考えているのよ」

 わたしは慌てる気持ちが先行して、樹の言葉を聞いてはいなかった。

「千波相手なら汚くないよ」

 彼はわたしの耳に唇を寄せると、そう告げる。

 その言葉のせいか、耳元で囁かれたためか、わたしの顔は絵の具の赤で塗りたくったように真っ赤に染まっていたような気がする。

 既に高校の制服を着た樹はわたしの前髪部分を軽く押さえ、目を細めた。

「昨日、遅くまで起きていたんだよな。学校始まったんだから無理するなよ」

「分かっているよ」

 わたしは苦笑いを浮かべた。

 わたしは樹に決意を伝えた日から有言実行をしていた。樹がわたしの決意を理解してくれるのがすごく大きかったのだろう。

 冬休みは二度ほど遊びに行っただけで、今までぼーっとしたりタブレットを触っていた時間もがくんと減った。
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