わたしの意地悪な弟
「千波がキスしてくれたら考えてもいいよ」

 彼はそういうと悪戯っぽく笑う。

「キスって何を言っているの? わたしと樹は姉弟じゃない」

「兄弟なんかじゃない」

 彼はそう冷たく言い放ち、左手で壁を押した。

 部屋に入ってすぐだったため、壁とわたしの位置も近く、少し後退しただけでわたしの背中と壁が衝突する。

「樹?」

 わたしは状況に困惑しながら、彼を見る。

 彼は射抜くような眼差しでわたしの姿を捉えていた。

 冗談には見えなかった。

 彼の言葉と状況を真に受けるのなら、彼にキスを迫られているのだろう。

 不思議と怖い気持ちは湧いてこなかった。嫌だと思わないのは、わたしの彼の姉になりたいという気持ちが足りないのかもしれない。

 わたしはここで樹とキスをするのだろうか。

 そう思った直後、胸が高鳴り、何が何だか分からなくなる。


 彼の顔が近付いてきて、わたしは目を強く閉じて、顎を床に向ける。

 だからといってキスをするわけにもいかない。

 樹が何と言おうと、わたしと彼は兄弟なのだ。

 わたしの頬がつねられ、目を開けると、笑いをこらえた樹の顔がある。
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