わたしの意地悪な弟
「お姉さんにいじめられたら教えてねって。優しいね。先輩方は」

 彼は振り返ることなく憎まれ口を聞く。

「優しくない先輩でごめんなさいね」

 彼に話すときはあくまで淡々と、冷静を装う。

 遠目で見ると完璧を絵にかいたような彼をわたしはあまり好きではない。

 わたしが彼を嫌っているのは別に恩着せがましくわたしの教室に来るからじゃない。

 わたしの足が一階のフロアに下りる。わき目も降らずに自分の靴箱まで行く。靴を履き終わる頃には彼はもう昇降口にいた。

 わたしと目が合うと、卑屈な笑みを浮かべ歩き出す。

 通りすがりの生徒が熱にうなされたような目で樹の姿を目で追っている。

 わたしと彼は血のつながりなんてない。だから顔も似ても似つかない。

樹はいるだけで人の目を引くが、わたしはそうでもなく辺りに埋没してしまう。

友人からは可愛いと幾度となく言われたことはあるが、所詮それどまりで本当の美しさの前にはあっさりと埋没してしまう。
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