わたしの意地悪な弟
 その週末、映画に行くことになった。わたしはピンクのワンピースを着て部屋を出る。その時、隣の部屋から樹が出てきたのだ。

 彼は上下のスウエットを着ていて、わずかに寝癖のついた髪の毛をかきあげる。

「今日、出かけるんだ」

 わたしは頷く。

 樹との関係はいつも通りだ。だが、彼は映画に行かないといったことを気にしている気がした。

 何か言いようのない壁を彼との間に感じていたのだ。

「楽しんでくるといいよ」

 樹ははにかんだ笑みを浮かべると、階段を下りていく。

 わたしは樹を見送ると、階段を下りる。リビングにいた母親と樹に声をかけ、家を出た。

 わたしのどこかよどんだ気持ちとは対照的に、初夏の空は青々としていて澄んでいる。

 わたしは空を仰ぐと短く息を吐いた。

 亜子からは樹の気がかわれば連れてきてほしいと言われていたが、そんな態度の変化を彼が見せることはなかった。

 このまま何事もなかったかのように日々を過ごしても樹は文句は言わないだろう。
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