キミはまぼろしの婚約者
こんなこと聞いても、現状が変わるわけじゃない。キョウも意味わかんねーよな。

案の定、困惑の表情を浮かべる彼に、勝手だけど「ごめん、忘れて」と言った。


これ以上話していると、本音も弱音も吐いてしまいそうだ。

俺は壁から背中を離し、キョウに笑顔を向ける。


「ふたり、夫婦って呼ばれてんだろ?」


突然そんなことを言ったせいで、彼は「へ?」とマヌケな声を漏らし、一瞬ぽかんとした。

5組でふたりがそう呼ばれていることは、俺の耳にも入っている。


「今もそれくらい仲が良いなら安心だよ。お前が、アイツのそばにいてやって」


心から思っていることを穏やかな口調で言うと、キョウの眉根が寄せられる。

俺は微笑みを崩さないまま、その場から立ち去ろうと重い右足を持ち上げた。


「──律」


すぐに呼び止められ、よろけそうになりながらなんとか堪える。

そんな俺に、キョウはポケットから取り出した何かを差し出してきた。


「これを読んだら、きっとそんなこと言えなくなると思うぜ」


目を落とすと、彼の手にはドット柄の封筒が。

見覚えがあるこれは、もしかして……。

< 120 / 197 >

この作品をシェア

pagetop