キミはまぼろしの婚約者
『どんな理由があっても、私ちゃんと受け入れるから』

『どうしても納得できないからだよ』


ふたりは、決して俺から逃げようとしない。

いつもまっすぐぶつかってきてくれる。

越の言う通り、ありのままをさらけ出してそれに応えるのが、本当に相手を思いやることなのかもしれない。


どこまでも広く青い、海のような存在のふたり。

ちっぽけな俺は、そこに飛び込むことを恐れていたんだ。

きっと、優しく受け止めてくれるはずなのに。



「……綺麗だな」


水平線を眺めてぽつりと呟くと、こっちを振り向いた越は、驚いたように目を見開く。

そしてふっと微笑むと、「あぁ」と頷いて、俺の頭をぽんぽんと撫でた。


なぜだかわからないけど、俺の瞳からは一筋の雫がこぼれていた。

悲しいわけでも、感動したわけでもないのに。

ただ、潮風に吹かれた心は確実に動き出している。



──家に帰り、俺はすぐに机の引き出しにしまったドット柄の封筒を取り出した。

小夜が書いたという、出せなかった手紙。

ベッドに腰掛けて、一度軽く深呼吸してから、ゆっくり封を開けた。


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