キミはまぼろしの婚約者

手紙の後半の文字は、点々と落ちた水のようなもので所々滲んでいる。

その、最後の一文。


“ひとりで、離れていかないで”


それを見たとたん、俺の瞳からも熱いものが溢れた。


彼女はすがるような気持ちで書いたのかもしれない。

でも今の俺には、逃げてばかりいる自分を引き留めてくれる言葉のようにも思える。

そのたった一言が、胸の奥深くまで届いた。


「小夜……」


ぽたりと落ちた雫が、また新たな染みを作って文字を滲ませる。

彼女も泣きながら想いを書きつづったのかもしれないと思うと、胸が痛くて切り裂かれそうだ。


小夜はずっと、俺に手を伸ばしてくれていた。

どんな理由も受け止める覚悟で。

でも、俺はそれを拒み続けて、結局彼女を傷付けていたんだ。


バカだ。バカすぎる。

今頃になって気付くなんて……。


『お前が考える小夜の幸せと、アイツが考える幸せとでは、きっとズレてんだと思うよ。そこを一緒にするのが最良なんじゃねーかな』


ふいにキョウの言葉が蘇り、うなだれた頭を持ち上げた。

今からでも……遅くないか?

俺の事情のすべてを、隠していた本当の想いを伝えたい──。


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