キミはまぼろしの婚約者
「はぁ……はぁ……っ」


荒い息をしながら、上体を起こして振り向いた時には、すでに電車は走り去っていて。

警告音も止み、何事もなかったかのように遮断機が上がっていった。


無我夢中だったからよくわからなかったけど、バーをくぐり抜けた直後に転んだらしい。

間一髪で助かった……。


「よかったぁ……」


一気に力が抜けて、へなへなと倒れ込みそうになると、私の横で倒れたまま動かない律に気付いた。

うつぶせで、横に向けた顔は青白く、苦しそうに歪んでいる。


「律っ! ねぇ、大丈夫!?」


どうしよう、どう具合が悪いんだろう?

あそこで動けなくなるくらいなんだから相当なはず。

まだパニックは治まらず、軽く律の肩を揺すると、彼の唇がかすかに動く。


「さ、よ……」

「……え?」

「ごめん……小夜……」


──4年ぶりに、“小夜”って呼んでくれた。

こんな時なのに、じわりと涙が滲んでしまう。


「危ない目に、遭わせて……ほんと、情けねー……」


荒い息をしながら途切れ途切れに言葉をつむぐ彼に、私はぶんぶんと首を横に振った。

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