キミはまぼろしの婚約者
えっちゃんは、私が名乗るとすぐにわかってくれた。
今の状況を伝えると、『10分くらいで着くから』と言ってくれて、ひとまず安心する。
「えっちゃん、すぐ来てくれるって。もう少し待ってられる?」
「ん、ありがと……さっきよりマシ」
いくぶんか表情が和らいできた律にほっとしながら、スマホを返した。
「でも辛いでしょ? 私に寄り掛かってて」
返事を聞くより先に、少し強引に彼の身体を抱き寄せる。
律は抵抗せず、おとなしく私に寄り掛かり、肩に頭を乗せた。
私の左側に触れている、柔らかな髪、温かい身体。
無意識のうちにしっかりと手を握って、ただじっと彼の存在を感じていた。
「……小夜」
さっきまでのトラブルが嘘みたいな、さわさわと木の葉が揺れる穏やかな音に、律の声が溶け込む。
「誕生日なのに、ごめんな」
律……さっきから謝ってばっかりだよ。
ズキンと胸を痛ませながら、ふるふると首を横に振る。
そんな私の肩に頭を預けたまま、律はずっと左腕に掛けていた袋を、ゆっくり私に差し出してきた。