キミはまぼろしの婚約者
堪えきれずに顔を歪ませた律は、一滴、また一滴と涙を落とす。

その瞳で私を見つめたまま、切なく濡れた声で呟いた。


「……じゃあ、ここに来て」


両手を開く彼が言った言葉の意味を理解した瞬間、私は彼の胸に飛び込んで。

薄いブランケットの上から、温かい身体をしっかりと抱きしめた。


──今、生きている。

律も、私も、手を取り合って、一緒に歳を取っていける。

それだけで十分じゃないか。



お互いに泣きながら抱きついていると、ゆっくりと背中に手が回された。

もう片方の手は、私の頭を包み込むように撫でてくれる。


「……好きだよ、小夜」


──あぁ、やっと聞けた。

彼の、本当の心の声が。


「これからも、ずっと好きだ」


律の甘い囁きに身体中が包まれる。

“私も”と伝えたかったけど声にならなくて、泣きじゃくりながら何度も頷いた。



辛い未来が決まっていても、幸せはいくらでも作っていける。

今、オレンジ色に染まる部屋の中で、それがまたひとつ。

これからも幸せを増やしていこう、一緒に。




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