キミはまぼろしの婚約者
「……律……!」


ドクン、と大きく心臓が揺れ動く。

見たところ、今ここには律と私しかいない。ふたりきりだ。

バクバクと鳴る心臓の音が聞こえそうなくらいの静けさの中、私を見た彼も驚いたように目を開いた。

けれど、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。


「あぁ、君この間の……小夜ちゃん、だっけ」


ぎゅ、と胸が締め付けられる。

やっぱり他人行儀であることの悲しさと、ふたりで話せることの嬉しさが混ざって変な感じ。

複雑な顔をして固まったままでいると、「どうしたの?」と声を掛けられた。

一応、普通にしていなきゃ。平常心、平常心……。


「あ、えっと……体育で足捻っちゃって。先生は?」

「会議があるからって、さっき行っちゃったよ。でも、手当てくらいしていっていいんじゃない」

「そ、そうだよね」


うわ、絶対私の笑顔ぎこちなくなってる……。

無理だよ、何事もなかったように平然と接することなんてできっこない。


……いや、ちょっと待って。

何事もなかったようにする必要なんてないよね、よく考えてみれば。

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